お侍様 小劇場
 extra

   “初夏の椿事?” 〜寵猫抄より


時々は まだまだ、
思い出したように冷たい雨も降るし、
唸りながら吹く風も来るけれど。
それでも、梢の先や茂みの輪郭に、
柔らかい緑が芽生え始めてもいるし。
雨上がりの日は、
芝生一面、柔らかな新芽の先っちょに、

  露がいっぱいぱいついてて、
  それが きらきら光って、そりゃあきれいだったのが、
  今はネ、それは柔らかそうなじゅうたんみたいでvv

 「♪♪♪〜♪」

リビングからポーチへと出られる掃き出し窓へと、
立ち上がっての前足をちょんとついて。
赤いお眸々をわくわくと見開き、
宝石箱みたいに明るいきらきらが一杯のお庭を、
じいぃぃぃっと見守るおちびさんが一匹。
いやさ、こちらのお宅の方々にとっては 立派な“一人”、
金色の綿毛を頭に乗っけた、そりゃあ愛らしい小っちゃな坊やが、
小さな小さなお手々を広げ、時々ぺちぺちと叩きつつ、
窓ガラスにへばりついておいでだったので。

 「久蔵?」

少し早いがお昼ごはんの支度、
洗ったお米を炊飯器へセットしの、
今日は 桜エビ入りのだし巻き玉子を焼こうと、
その下ごしらえをしたりというの。
キャベツとウィンナーのコンソメスープの準備と共に、
キッチンにて手際よく片付けて来た七郎次お兄さんが。
さてと戻って来てのすぐ、
そんな小さなお背
(せな)を見つけてしまい、

 「どした。何か見えるのかい?」

火や熱湯、刃物を扱うキッチンは小さな子供には危ない場所だからと、
原則、久蔵だけでは出入り禁止としているものの。
さりとてリビングでの一人遊びもなかなか危ない。
ヘビースモーカーだったのは何年前のお話か、
今は吸わなくなった勘兵衛なので、
たばこやライター、
重々しい灰皿といった傾向の危険物は置いてないけれど。
小さな家人が増えてからこっち、
花瓶や置物、思いがけない小物にも、
一応は気を遣っておいでであるけれど。
何をどう、落としたりぶつけたり、
はたまた転んだり高いところから落ちたりしての、
怪我をしないとは言い切れずなので、と。

 『おいおい、久蔵は一応 猫なのだぞ?』
 『猫の本能から、高いところに登りもしようというのでしょう?』

そこからもしかして落っこちたとて、
素晴らしいバランスで着地出来ようという、
そういう一連の理屈も判っておりますが、と。
子煩悩からとはいえ、そこまで目が眩んではいない、
一般常識への理解はある七郎次であるらしいのだが、

 『それでも、まだまだ赤ちゃんも同然の久蔵ですよ?』
 『みゃあう?』

愛らしい仔猫さんをその腕に抱いたまま、
印象的な青い双眸を上目遣いにし、必死で訴えかけられては、

 『……うむぅ。』

自分の主張へは割と頑迷な御主様とて、
この件に限ってだけは そうそう強引に説き伏せることも出来ないらしく。
あくまでも愛しい君への遠慮からだと、
どっちにしたって ちょっち情けない壮年殿になっちゃったらしい、
そんな勘兵衛様はさておいて。
(こら)
そんな心情からのこと、ちょっとでも目を離すような場合は、
そりゃあ大急ぎでお仕事を片づける敏腕秘書殿なのであり。
手を抜くことはなく、勿論のこと危なげもなくというから、
どんだけ主夫道を極めるおつもりか…というのも、さておいて。

 「どした? おんもへ出たいのかな?」

ここ数日ほど、気圧配置が不安定だとかで、
朝は晴れながら、気がつけば突風が吹いたりするよな、
しまいには雨催いのどんよりした空になるよな、
それは残念なお天気が続いていたのだが。
昨日の夕方辺りからは薄日も差していて、
今朝は久方ぶりの くっきりからりとした晴れ間で始まった。
さっそくにも“よ〜し”と腕まくりした七郎次が、
大人たちが使っていたシーツや、
久蔵のベッドに敷いていた大判のバスタオルの類を、
一遍に浚ってのまとめ洗いに取り掛かり。
それを干し出すおっ母様の足元で、
すぐにも夜露の乾いた芝生の上、
ふよふよと舞っていた小さな蝶々を、
にゃにゃん・にゃんvvと前脚上げて追っかけたり。
そうかと思や、
殻のお家は背負ってなかったものの、
あのカタツムリとほぼ兄弟分だと噂の、
ナメクジさんがのたりと鼻先にいたのへ“みぎゃあ!”と飛び退いたり。
(笑)
それは お元気に跳ね回ってた久蔵だったものだから、
まだ遊び足らぬかと、そこはすぐにも察した美人秘書殿。
雨に押し込められてたここ数日間の内に、
固定資産税やら保険料やらの納付手続き等々、
この時期にお馴染みな書類仕事は片付けてもおいでだったので、

 「よーし、じゃあお外で遊ぼうねぇvv」
 「にゃう・まう♪」

板の間へと突いてたチノパンのお膝へ、
遊ぼ遊ぼと小さなお手々で懐いて来た坊や。
それを ひょいと軽々抱き上げて、からりと窓を開けば、
いいお日和にも温
(ぬる)くはならずの涼しい風が、
二人の金の髪をやさしくなぶって、ひらりふわりとそよぎ込む。
沓脱ぎ石の上から、サンダルを突っかけて降り立てば、
大好きな匂いのするお胸へ伏せてた、
坊やのやわやわの頬がひょいと浮き。

 「にゃうみゅvv」

さっそくにも、
顔馴染みの黒猫さんがブロック塀の上に来ていたのを見つけて、
にゃにゃうvvとはしゃぐ坊やだったりし。
庭を取り囲んでいるのは黒い鉄柵なのだが、
狭間のところどこに
支えのようになって挟まっている格好のブロック塀の上、
陽あたりがよくってだろう、
ご近所の猫たちのお昼寝スポットにもなっているところだが。
こちらの黒猫さんは隣り町に住まいがあるという遠来の身なはずなのに、
彼が来ると他の子は、通りすがりにでも近寄らない恐れられっぷりであり。

 『よほどのこと勢力を広げている暴れ猫なのかも知れぬぞ。』
 『何ですか、そりゃ。』

久蔵がどんな無体なじゃれ方をしても怒らない、
それは温厚な子ですったらと。
最近では七郎次までが肩を持つものだから、
勘兵衛様にはおもしろくはない客の到来だけれど。

 「みゃうん・まうvv」

当家のおちびさんにはやっぱり嬉しいお友達であるらしく。
駆けてった先、モクレンの古い幹へと飛びついて、
四肢を上手に連動させつつ、よいちょよいちょと木を登り、
四ツ這いのまま梢の先まで移動してって、やっとのご到着。
小さな幼子のすることと見るにはなかなか怖い一部始終だが、
何とか我慢しつつ背を向けて、
窓ガラスの反射を使って…仔猫の姿での動きを見ている分には、
随分と器用になったもんだとの、
成長への感心を招くほどの一連の腕白ぶりであり。

 「じゃあ、しばらくは二人で遊んでてね。」

ご自身は玄関前に並べたビオラの鉢の手入れをしたいか、
バイバイと手を振る七郎次へ、黒猫さんがにゃおうと低く鳴いてのち、
あっけらかんと無人となったお庭だったので、

 《 こちらの町はさして入れ替わりもないようだの。》

自分の背中へすりすりと、
小さな頭首を擦り付けて来るメインクーンの仔猫さんへ、
何とは無しに声を掛ける黒猫さんだったりし。

 《 いれかぁり?》
 《 入れ替わり、だ。引っ越しとか、仔が増えたとか。》
 《 うと、そゆのは…うん、一個もなぁいないvv》

でもね、カンナ村のキシュケさんチのシロがね、
かぁいい仔猫を5人も産んだの、と。
結構 達者になりつつあるお喋りで、
とはいえ、中身は相変わらずで、
トンチンカンなことを言い立てるところが、

 “このごろ微笑ましいと思えるようになったのは、
  他でもない俺自身の忍耐の賜物かな。”

そうでも思わんとやってられないというのもありましょうが。
(こらこら)
幼い姿のおりは、見栄え通りの単なる仔猫、
そんな久蔵くんが凭れて来るのへと、
つややかな毛並みも麗しい、
お背
(せな)を貸してやってた兵庫さんだったのだけれども。

 《 ふにゃん?》

不意に、何にか気づいたような声を出した仔猫さん。
小さな頭を持ち上げて、
キョロキョロと…そんな所作さえ覚束無いまま、
それでも周囲を見回し始める。

 《 どした?》

自分には警戒の要りような気配なぞ一向に届かぬため、
何を落ち着きなくなっておるかとの声を、
お尻尾をパタリと波打たせつつ、背中の引っつき虫へと掛けたれば。

 《 なんか、によいしゅる。》
 《 匂い?》

こちらさんは金の双眸をすうと細めて、
周囲への注意を絞り込む黒猫さんの傍らから。
ひょこりとその身を持ち上げた、
まだまだ小さな四肢も頼りない、
小さな小さな毛玉のような仔猫さんだったが、

 《 んとね、こっち…… 》

こっちから匂いがすると言いたかったらしい方へ、
ひょいと無造作に前足を踏み出したところが、

 《 あ、こらっ!》

そっちには幅がないんだぞと、
声を掛けんとした黒猫さんの反射も間に合わず。
そやって口を使おうとしたのは人型であるのが本体だったせいか。
根っからの、生粋の猫ならば、
四の五の言わず、まずはかぷりと、
まだ柔い毛並みへ咬みついてでも、その身を引き止めただろうにと思う間もなく、

 《 わあっ!》

空中へと乗り出したそのまま、重力に負けての落ちてった小さな仔猫さん。


  いやまあ、あのあの。
  黒猫さんが人型の本体をなさっておいでなように、
  こちらの仔猫さんだとて、
  実はといやぁ…人の形をしておいでの、
  しかも もちょっと、
  もう少し背丈があるのと同じほどには、
  中身もお兄さんだったりしたはずであり。


 《 大丈夫か?》


どんともでんとも、衝撃も音も立たなんだのは、
危なっかしい仔猫ではなくの、
細身ながらも六尺はあろうかという凛々しき青年が、
無事に立っているから……な筈だったものが。
先のお声を掛けた黒猫さんが、
おややぁと、ひょこり小首を傾げて覗いた眼下では、

 《 にゃあ?》

依然として仔猫のまんまの久蔵ちゃんが、
お腹を上にしてこてんと転がっており。
いやさ、この言い方は正確じゃあない。
島田さんチの表通り、
アスファルトで舗装された道路の上へ落ちた訳ではなくっての、

 「わっふわふわふっ!」
 「みぎゃあっっ!!」

はっと我に返ってみれば、何がどうしてそうなってたものか。
小さな仔猫さんたらば、同じような色合いの毛並みも柔らかい、
それでいて大きさや骨格はずんと大人の、わんこの背中に乗っかってた仔猫様。
しかもしかも、

 「え? どこのわんこかな?」

そんな声がし。
そっちを見やれば、久蔵の悲鳴に反応したらしい七郎次が、
家の中ではない敷地のうちだとて、
その何処にいたら、そうまで早く飛び出し得るのかと、
勘兵衛が長いこと不審に思ったらしいほどの早技、
さすがに焦ってのこと、
サンダルはどこかへすっ飛ばしたらしく、
足元は裸足という慌ただしさで、
同じ通りの、すぐ真ん前にと出て来ておいで。

 「この辺って犬は飼われてなかったよねぇ。」

不審に思っての独り言だったのだろうが、
それでも声を出すことで、
こっちをお向きとわんこの注意を促したのはなかなかお上手。
ゴールデンレトリバーみたいだなと犬種を見極め、
首輪もあるのを見届けた辺りで。
人を見てわっと勢い良く立ち上がったその拍子、
ころんと今度こそ地面へ落ちかかった久蔵だったのを

 「わっ!」

微妙に焦りつつも、
バレーボールのレシーブよろしく、
ぐんと腕を延べての手のひらで受け止めれば、

 「にゃうみゃっ、にゃうにゃうっ!」

落ちたこととわんこが間近になったこと、二つのパニックに襲われたものか、
じたじたもがいてからながら、それでもすぐさま体勢を立て直し、
だだだだっとの勢い良くも、
七郎次の腕を駆け登った逃げっぷりの速かったこと速かったこと。
その途轍もない焦燥振りへ、

 「わっわっ、なになにっ。」

こちらさんもまた、
何が起きたやら、
いまだ半分程も分かってなかった七郎次だったらしかったものの、
そこへと聞こえた遠くからの誰かの呼びかけに、

 「あ、そうか。思い出したぞ。」

そういや、昨年だったか一昨年だったかにも、同じような騒ぎがなかったか?
このご近所の子ではないレトリバーくんに、
久蔵とそれから、遊びに来ていたカンナ村のキュウゾウくんとがじゃれつかれた、
そんなひと騒ぎがあったのを。
わふわふと愛想のいいわんこを見やりつつ、思い出してたおっ母様。
怖いようということか、
季節外れのマフのように、
七郎次の肩の上、大方首にとしがみついてた仔猫さんの背中を、
よしよしと撫でてやりつつ、
飼い主さんか…あの時と同じわんこなら、
数日だけ預かったという○○さんチの奥さんが、
こちらへ起こしになるのを待っている面々であり。

 《 猫好きの犬でよかったの。》
 《 うにゃ〜〜〜〜ん。》

黒猫さんとの呑気な会話も、残念ながら七郎次には届かなくって。
大変な騒動だったねぇと、
よしよしと撫でてくださるお手々の優しさに、
何とかやっと人心地つけたらしい仔猫様だったようですが。



  ―― 勘兵衛様、
     角の○○さんところで、
     半年ほどの話ですが、
     ゴールデンレトリバーを飼うことになったらしいんですよ。

    ほほお?

    何でもお知り合いのところの子で、
    海外へ出張なさる関係で、
    その間だけ預かることになったとか…。


そんな会話を交わす大人たちの傍らで、
困ったことになったにゃあと、
むむうと膨れていた坊やだったのは、
言うまでもなかったのでありました。




   〜Fine〜  2011.04.29.


  *どうせあんまりお外への縄張り巡回とかしない子なので、
   接点はないに等しいはずなのですがね。
   それでも何だか、苦手なものが来ちゃったなぁと、
   間一髪、助けてもらっておいて、
   そんな不満に膨れておいでの仔猫さんだったらしいです。
(苦笑)

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